第1回冬夏会主催講演会 ―坂本一成 教授−

根本 理恵(本学建築学専攻 博士過程1年)

 2007年7月25日東工大緑が丘キャンパスM011講義室にて、冬夏会講演会の第1回として本学教授坂本一成氏の講演会が開催された。会場には講義室の定員169名を大きく上回る聴衆が集まった。平日の午後とあって聴衆の多くは学生であったがOBの姿も少なからずみられた。会はまず、本学教授時松孝次氏による「冬夏会は毎年冬に総会を開いている。今回の講演会は初の試みであるが、こうした会を冬夏会の夏の会として継続していきたい。」という挨拶から始められた。また坂本教授の講演後、それに続いて、冬夏会幹事長の三栖邦博氏の「OBや冬夏会の活動を在学生に知ってもらう場としてこういった講演会をこれからも続けていきたい。」という言葉でしめくくられた。

 坂本教授の講演は「ヨーロッパ巡回展とミュンヘン・ジードルンクの設計を中心とした近年の活動を通して」と題され、氏の近年の活動が報告された。ヨーロッパ巡回展は、EU市民交流年の一環として独立行政法人国際交流基金の主催によって開催されたもので、2004年10月から2005年11月のおよそ1年間かけてドイツ、デンマーク、ノルウェー、エストニア、チェコの5か国7会場を巡回した。この展覧会では1969年から現在に至る30余年にわたり氏が手がけた主要な建築作品が、最大約幅6m×高さ約5mの大判スクリーンと模型によって展示された。1つ目の会場であるミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネ(近代絵画館)での展覧会は500名以上のゲストによるオープニング・セレモニーによって幕を開け、会期中の講演会には300名を超える聴衆が集まるという盛況ぶりであった。この聴衆のほとんどが学生ではなく建築家であったことは、日本との建築に対する関心の違いが表れていると氏は語る。実際に他の会場でも展覧会の内容は新聞等のメディアで大きく取り上げられており、各国の建築に対する関心の高さがうかがえた。

  本講演では、展示された建築作品が「建物全体をまとめる考え方」の変遷に沿って時系列的に紹介された。それは初期の作品に見られるように外部に対して閉鎖的な空間をつくることで建物全体をまとめる「閉じた箱」から、「家型」というかたちによる統合へ、そしてそのような一つのまとまりとしての建築をいかに開いていくかというという試みへと連続するものであり、そういった思考のプロセスが、具体的な建築作品のスライドとともに語られた。

講演会の様子 ピナコテーク・デア・モデルネでの展示

続くミュンヘン・ジードルンクの計画は、ヨーロッパでの巡回展が大きな機会となって2007年にドイツ工作連盟の主催による国際コンペティションに参加し、最優秀案に選ばれたものである。ドイツ工作連盟は創立20周年の際にシュトゥットガルト郊外にミースやコルビュジェ、グロピウスなどの建築家が設計に参加したヴァイセンホフ・ジードルンクを実現しているが、今回のコンペティションは創立100周年を記念したもので、具体的にはミュンヘン市内の4ヘクタールの敷地に公営住宅を含む約400戸よりなる集合住宅を設計するというものであった。この大規模な計画はコンペティションの段階から大きな注目を集めており、ドイツ国内の新聞では各段階の経過が大きく報じられた。最優秀案となった坂本案は、「コンパクトユニット・アイランドプラン」をテーマに、敷地全体に41棟の規模の異なる集合住宅と島状の庭を配し、その中央に幼稚園を計画したものである。この案では建物を取り囲む外部空間である空所が積極的にデザインの要素として定義されている。これは自身の作品である江古田の集合住宅を設計した際の「距離のデザイン」という考え方をさらに立体的に展開したもので、氏の思考のプロセスの連続としてこのプロジェクトが位置づいていることがうかがえる。現在はミュンヘン市とドイツ工作連盟、7社のディベロッパーとともにくりかえし議論とスタディを行っている段階であるとのことであった。

  講演を通して、常に新しい空間を求めながらも建築を取り巻く様々な状況に対して思考を積み重ねていく氏の姿勢がうかがえ大変興味深かった。またミュンヘンの集合住宅案で示された空所の可能性は、都市との関わりの中で成立する建築の問題として展開しうるテーマであると感じた。

  講演会終了後、中庭にてOBや学生、職員による懇親会が行われた。ここでは坂本教授を学生たちが取り囲み談笑する様子や、OBと学生が講演について議論する様子が見られた。こういった世代を超えた議論の機会は学生にとってもOBにとっても貴重なものであり、本会は学生にとって近くて遠い存在である冬夏会が身近なものとして認識される機会となったといえる。三栖氏の言葉にもあるように、在学生がOBの先輩方の活動を身近に感じられる場として、また学生とOBが直接議論できる場として、今後も冬夏会の講演会が継続されていくことを期待している。

ミュンヘン・ジードルンク案 懇親会の様子