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乾正雄先生のご逝去を悼む

中村芳樹(昭和61年修士修了/東京工業大学教授)

テキスト ボックス: 撮影  笠松雅弘 東京工業大学名誉教授乾正雄先生が、2020年8月29日にお亡くなりになりました.享年86歳でした.
 ここに謹んで心より哀悼の意を表します。

 先生は1934年,東京都文京区にお生まれになり,1958年に東京大学工学部建築学科を卒業、同大学院に進学され、1963年に学位論文「色彩計画理論に関する研究」により工学博士の学位を取得されています。同年,建設省建築研究所に勤務され,1969年から1970年にかけて,英国のBuilding Research Stationで客員研究員を務められ,帰国後,研究室長となられました.1973年には,東京工業大学工学部建築学科の助教授に就任され、1985年には同教授に昇任されています。

 先生は国内外で広くご活躍され,東工大在職中も,ワシントン大学,ベルリン工科大学で客員教授を務められ,1973年には日本建築学会賞(論文)を,1978年には照明学会賞を受賞されています.

 先生は,多くの論文を発表されていますが,そのご活躍は論文に留まるものではなく,特に多くのご著書は,関連分野に大きな影響を及ぼしました.初期のもっとも大きいインパクトを与えたご著書は,1969年の「建築のための心理学」(大山正と共編),1972年の「環境心理とは何か」で,後者はヨーロッパの環境心理学会(IAPS)を立ち上げたD. Canterとの共編したもので,利用者の立場から建築を考えるバイブルといわれました.その後先生は,中心メンバーとして環境心理学会(MERA)を設立されました.

 照明,色彩に関するご著書も多く,その中でも,「建築の色彩設計」(1976年),「照明と視環境」(1978年)は,現在でもこの分野の基本図書としての役割を担っています.先生は,色や光という環境要素についても,常に利用者にとって,という基本的なスタンスを貫かれ,建築環境工学の他の教科書が物理的な定義に終始しているのに対して,人には何が見えるかという,これらとは全く異なるところから説明が始まり,とても分かりやすく説明が進む先生の教科書は,拝読した多くの学生に強い衝撃を与えました.またさらに,「夜は暗くてはいけないか」(1998年)は,有名な谷崎の「陰翳礼讃」を受け継ぐ光の啓蒙書として産業界に大きな影響を与え,「ロウソクと蛍光灯」(2006年)も多くの愛読者を獲得しました.

 先生はさらに,ウイットに富んだスピーチをされることでも有名で,ある卒業生は,結婚披露宴でのスピーチを先生にお願いしたところ、「披露宴のスピーチは褒めるものだと相場が決まっているが,君はそんなに褒めることがあると思って頼んできたのですか?」と言われたとか.先生の洒脱なスピーチには,いつも驚かされことを思い出します.

 学会、教育界および産業界の発展に多大な業績を残された先生に対して感謝申し上げるとともに、多くのことを学ばせていただいたことに深く感謝し、ご冥福をお祈り申し上げます。