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平井聖先生の日本建築学会大賞受賞

藤岡洋保(昭和48年卒/本学名誉教授)

 平井聖先生が、「日本住宅史学に関する研究・教育と我が国の建築文化財の保全に対する顕著な貢献」で2015年の日本建築学会大賞を受賞されました。先生は、1967年に「日本近世住宅の殿舎平面と配置の研究」で日本建築学会賞(論文)を、そして1987年に「中井家文書(内匠寮本図面篇)の研究・整理および刊行」で日本建築学会賞(業績)を受賞しておられるので、建築学会関連ではこれで3つめの、そして建築界では最高の栄誉を受けられたことになります。先生の長年のご研鑽の積み重ねを建築学会が公認したわけで、とても喜ばしいことです。

 平井先生は、1953年に東京工業大学建築第一課程を卒業後、つまり学部を卒業して直ちに同大学助手になられました。仄聞するところでは、指導教官の藤岡通夫先生がその才能を高く評価され、大学に残るように強く勧められたとのことです。

 日本建築史研究の揺籃期では中世までの社寺建築が主な研究対象だったのですが、東工大の建築史の初代の教授だった前田松韻(まつおと)先生は寝殿造り研究の泰斗で、2代目の藤岡通夫先生は書院造りと城郭建築がご専門ということで、日本の住宅史研究をリードする存在でした。平井先生はその嫡流で、書院造り研究で学位をとられたあと、原始時代から近代までを通しての住宅史に取り組まれ、それまでの東工大の建築史研究の幅を拡げつつ体系化されました。指図(図面)や遺構、古文書の精査を踏まえて、意匠や技術だけではなく、建物や調度の使われ方にも注目するのが平井史学の特徴といえるでしょう。

 今回の受賞業績のタイトルからもうかがえるように、平井先生の業績は研究だけに留まるものではありません。文化財建造物や伝統的建造物群の保存にも尽力してこられました。姫路城や熊本城をはじめ、20を超える城跡整備事業や、福井県一乗谷朝倉遺跡や金沢東の茶屋街伝統的建造物群などの町並保存整備事業を手がけられました。その活動は海外にも及び、ベトナムのホイアンの街並保存整備事業の指導で、同国から文化功労賞を2000年に、その翌年には、ユネスコからアジア太平洋州文化財保存賞を受けておられます。

 また、一般の人々にまでよく知られたお仕事として、NHKの大河ドラマの時代考証があげられます。指図や日記などの史料の分析で培った広い学識がある先生だからできることで、NHKから2006年に放送文化賞を贈られています。

 『中井家文書の研究(内匠寮本図面篇)』全10巻(中央公論美術出版、1976〜85)のような研究者向けの著作だけではなく、『日本住宅の歴史』(NHKブックス、1974)や『図説日本住宅の歴史』(学芸出版、1980)のような、一般向けの本も出しておられます。そこには、先生の巧みなスケッチが配されていて、そのフリーハンドのドローイングが、それらの本をより親しみのあるものにしています。

 平井先生は多趣味で、スケッチだけではなく、お手製の機織機を使って自ら編まれたネクタイをしておられたこともありました。また、建築学科の昔の卒業生にはよく知られたことですが、平井先生の愛車は赤のオースチン・ミニ・クーパーMkTでした。1968年に手に入れられたもので、オリジナルのパーツを維持しながら、小まめにメインテナンスを続けてこられ、近年まで先生のお宅の脇に駐まっていました。それを譲って欲しいという人が突然訪ねてくることがあったというほど、ミニ愛好家にとっては垂涎の車で、『MINI freak』という雑誌に、先生やご家族のインタビュー記事とともにその写真が紹介されています(1995年2月号)。東名高速道路がまだ開通していなかった頃に、先生はこのミニに調査器材を積んで、京都や金沢に自ら運転して行かれたそうです。

 今回の受賞に関し、本来ならばちゃんとした祝賀会を開かせていただきたいところでしたが、先生に伺ったところ、仰々しいことは遠慮したいとのことで、平井研究室の関係者、また東工大の建築学専攻で、ささやかにお祝いさせていただきました。その際に平井先生がおっしゃったのは、今回の受賞に際してあらためて感謝したい恩師が2人おられるということでした。お一方は故藤岡通夫先生で、平井先生を住宅史研究に導いた方です。もうお一方は東大の建築史の教授だった故太田博太郎先生です。太田先生は建築史界をリードされた方で、研究に対して真摯であれば他の大学の研究者にも分け隔てなく接しておられました。平井先生にとっては、旧制武蔵高等学校の先輩でもあります。

 平井先生は、まだ現役です。昭和女子大学の特任教授であり、城跡整備事業などで全国を飛び回っておられますし、スケッチも精力的に描いておられます。そろそろ悠々自適でもよろしいのではと傍目には感じますが、生涯現役を貫かれる先生の姿勢に教えられることが多いのも事実です。